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Z2が発売された当時、自分は小学4年生。全くと言って良いほどバイクに興味はなかった・・・近所の自動車工場の兄さんがCB750でカッ飛んでいるのを見て、カッコイイー!!って友人達と叫んでいたっけ。その兄さんは結構無茶していたらしく、曲がり角を曲がりきれずペットショップの壁に突っ込んで穴を開けていたっけ。今となっては懐かしい・・・ 自分の中でZ2に対する意識が芽生えたのは、高校の時だ。北海道ツーリングに一緒に行った友人が、大のZ2ファン。 Z2に憧れてZ400RSに乗っていたのだ。自分たちの高校生時代は免許制度改悪のため、中免を取得して400に乗るのが精一杯だった。学校をさぼって数回限定解除試験を受けに行ったものの、合格率1%未満と言われた試験に、学校をフケて受験しに行ったって受かるはずがない。 当時自分はZ400FXに乗っていた。 165センチほどの身長で、良く乗る気になったモノであると今でも感心する・・・。 特別カワサキが好きって事では無いのだが、当時750ぽく見える大柄なバイクと言うと、FX・ホンダ ウイング・スズキGT380くらいしかなかったのだ。 そんなこんなで友人の「Z2に乗りてー!!」って言う口癖のせいもあり、気になる存在になったZ2。 自分的にはFXに乗っていたこともあり「750FXに乗ってみたいな」と思っていたのだが・・・・。 近所のバイク屋さんの前を通った時、若社長に呼び止められた、久々だった(バイクを降りていたのだ)ので話し込んでいるうちに、店先になにやら古いバイクが置いて有る事に気が付いた。「これZ2なんだよね。売ってくれ!!って良くお客さんに言われるんだけど、絶対に売らないんだー。」って、自慢しながら話してくれた。当時世の中はレプリカブーム真っ直中!! 自分もご多分に漏れず、TZR250に乗っていた。 会社のツーリングに初めて参加したとき、高速で後からやたら甲高いエキゾーストノートを放ちながら走ってくる一台のバイク・・・上下皮のスーツに身を包み、咆哮とも言えるエキゾーストノート。一発でZ2&ヨシムラだと気が付いた。そのZ2乗りの先輩はとても速く、レプリカ軍団に平気で付いてくるほどの腕の持ち主。 それ以来、Zに対しての気持ちに火がついてしまった。Zに乗るべく限定解除し、ゼファー1100を購入。本当はZ1が欲しかったのだが、情報も全くなく不安が有ったからだ。自分でメンテナンスが出来るのならば迷わず最初から購入していたのだが・・・取りあえずと言うわけでではないが、Z風のスタイルが気に入りZR1100に乗っていたのだが、Zが欲しくて気になって仕方がない日々を送っていた。そんなときに筑波のレースで元気に走り回るZを目の当たりにする。 ミュージックとも言えるヨシムラマフラーが奏でるエキゾーストノート。オイルの焼けるニオイ。これぞ自分の夢にまで見たバイクの世界だ。また雑誌でZの特集「20周年記念」を見つけ、読んで勇気づけられた。乗る気になったrらもう誰にも止められない!!それこそ毎日本を読みあさり、バイク探しが始まった。巡り会ったZ1は尊敬する先輩(そうあのZ2乗りの先輩だ)と同じタイガーカラー。あまり知識もないまま半ば衝動買いしたZ1、外観は綺麗だが中身は?のミッキーマウスジョブだったのだが・・・しかし、月日がたつにつれ故障を一通り経験し、自分自身の手で乗り越えるうちにある程度いじれるようになっていた。Z1に出会う迄は全くメンテが出来なかった自分がエンジンオーバーホールまでこなせる様になっていたのだ。そう私にとってZは先生なのだ。Zと蜜月の日々を過ごすにつれ問題が発生。ゼファーに全く乗らなくなってしまったのだ。オートバイは動かしてこそオートバイ。放っておくと調子が悪くなってしまうのが気になって仕方がない。そこで売ることにしたのだが、ゼファーを手放した途端、前出の近所のバイク屋さんの若社長から嬉しい知らせが。近所のバイク屋さんに眠っていたZ2・・・「絶対に譲らない」と言っていた社長だったが、「出産費用にしたいので、譲ってあげるよ」と一言。自分がZ1に出会い数々のトラブルに見舞われる度にアドバイスしてくれた社長。自分があれこれ苦労しながらも、良く手入れがされた状態でZ1が乗られているのを見て、「家の納屋で何時乗れる状態になるのか解らないまま、朽ち果ててしまうよりも、綺麗にレストアしてくれる君に譲ってあげたい。その方がZ2にとっても幸せではないかと思うんだ。綺麗に仕上げて、大切に乗って欲しい・・・」と譲ってくれたのだ。
10年ほど眠っていた名車750RSーZ2 S48年式 いよいよ復活に向けてレストア開始だ。
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